長野地方裁判所諏訪支部 平成10年(ワ)8号 判決
亡滝沢秀樹承継人兼原告 滝沢説子
亡滝沢秀樹承継人兼原告 滝沢道裕
亡滝沢秀樹承継人兼原告 滝沢由子
原告ら訴訟代理人弁護士 毛利正道
被告 百瀬正隆
右訴訟代理人弁護士 諏訪雅顕
主文
一 被告は、原告滝沢説子に対し、三四八四万四五九八円、原告滝沢道裕及び原告滝沢由子に対し、それぞれ八五六万一六九九円並びに各金員に対する平成七年六月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らのその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一原告の請求
一 主位的請求
被告は、亡滝沢秀樹承継人兼原告滝沢説子(以下「説子」という。)に対し、八五六四万七五〇九円、同滝沢道裕(以下「道裕」という。)及び同滝沢由子(以下「由子」という。)に対し、それぞれ二七一六万一八七七円並びに各金員に対する平成七年六月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 予備的請求
被告は、説子に対し、九一九四万二〇一一円、道裕に対し、二四二三万五五〇二円、由子に対し二二二三万五五〇二円並びに各金員に対する平成七年六月四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、交通事故に基づく、被害者らからの損害賠償請求事件である。
一 争いのない事実等
1 交通事故の発生(以下「本件事故」という。)
(一) 発生日時 平成七年六月四日午後五時三五分ころ
(二) 発生場所 長野県塩尻市大字柿沢一九九番地一(以下「本件現場」という。)
(三) 加害車両 普通乗用自動車(松本五八ひ七三四四)(以下「被告車」という。)
運転者 被告
保有者 被告
(四) 被害車両 普通乗用自動車(松本三三ね五六五七)(以下「秀樹車」という。)
運転者 亡滝沢秀樹(以下「秀樹」という。)
(五) 態様 被告は被告車を運転し、国道二〇号線の塩尻峠上り坂を塩尻方面から岡谷方面に向かって、大型貨物自動車の後から時速五〇キロメートルで登坂車線を進行していたが、同大型貨物自動車の進行が遅いためこれを追い越そうとして、右側走行車線に車線変更しようとしたところ、ちょうど後方から走行車線を同一方向に進行してきた田坂英治運転の大型貨物自動車と衝突し(被告車の右前側部に田坂車両の前部が衝突)、これによって被告車はスピンして対向車線を滑走し、その結果対向車線を岡谷方面から塩尻方面に向かって時速約五〇キロメートルで走行してきた秀樹車に衝突した(被告車の後部と秀樹車の前部が衝突)。
(六) 秀樹の受傷及び死亡
(1) 秀樹は、本件事故により頚椎捻挫、腰部捻挫の傷害を負い、両上肢機能障害、左下肢機能障害を障害名とする自賠法上の後遺障害等級第九級の後遺障害認定を受け、事故発生日から平成九年二月二四日の症状固定日まで二九五日間の治療期間のうち、入院五三日間、通院実日数一二七日間を要した。
(2) 後遺障害診断書の検査結果等欄
(市立岡谷病院整形外科)
知覚…第五頚椎~第一胸椎で知覚鈍麻
反射…評価法
腱反射 正常を〇とする。
低下 マイナス1~マイナス4
亢進 プラス1~プラス4
反射の異常には、大別すると正常では出現しない病的反射が見られる場合と、正常の反射が減少消失または亢進(たかぶること)する場合があり、その度合いを右数値で表したものである。
A/B A=右、B=左
上腕二頭筋腱反射 -2/-3
上腕三頭筋腱反射 0/-2
膝蓋腱反射 -1/-2
筋力…(徒手筋力テスト)
六段階(0~5)評価法
0 全く動かない
1 わずかに動く
2 重力に抗して動かない
3 重力に抗して動く
4 やや減
5 正常
(尚、数字の右側の+・-の記号は、+が該当する数字よりやや多く、-が該当する数字よりやや少ないという意味である。)
三角筋 4/4
上腕二頭筋以下 4-/4-
握力 6kg/6.5kg(三〇歳代の正常平均値四六・五kg)
腸腰筋 5-/4+
大腿四頭筋 5-/4
前脛骨筋以下 5/5-
頚椎椎間孔圧迫試験
頸部神経根障害があることを示唆している。
MRI(磁気共鳴画像)
第四/第五頚椎、第五/第六頚椎間椎間板で脊髄硬膜管の圧排像(硬膜管が圧迫され押しのけられているため正常より狭窄あるが脊髄の変形はない)がある
(市立岡谷病院神経内科)
神経学的所見
頚部に運動制限(+)(がある)
神経伸展試験(+)(陽性)
(陽性とは、頚部の後屈などによって左または右の上肢にしびれとか痛みが放散することをいう)
前屈力並びに後屈力が低下している
反射…上肢は正常~低下 下肢は正常~亢進
筋力は上肢は軽度に低下(右≒左)し、歩行は左足の跛行(+)(がある)
感覚…両上肢左下肢の触痛感鈍麻
頚椎XP(X線写真)…頚椎の前彎(前方に弓なりになっているのが正常であるが)が(それが)消失し逆に後彎(後方に反るようになっている)となっている
脳波…覚醒~睡眠の時期に右頭頂~後頭部優位に(右頭頂~後頭部を中心に)棘波が(+)(見られる)
(脳波は年齢、覚醒、睡眠、病的状態などにより大きく異なり、脳波異常は、正常に出現すべき脳波の振幅減弱あるいは欠如や異常波について判定されるものであるが、本件の場合、発作波である棘波(テンカン波形)が(+)(見られる)
睡眠、過呼吸(呼吸亢進)で、左中心部~頭頂部の脳波観察では、右と同じく優位に棘波が(+)(見られる)
(3) 後遺障害診断書の自覚症状欄
(市立岡谷病院整形外科の診断)
両頚部~肩~上腕尺側~前腕尺側~手指痛・しびれ
両手関節~手指の冷感~・チアノーゼ
両手指先の感覚鈍麻
両上肢~手指の振戦(ふるえ)
両手指 細かい作業が不可能
左下肢の筋力低下
両手指の筋力低下
頚椎の可動域制限
(市立岡谷病院神経内科の診断)
両側後頭部~両上肢全体にかけてしびれ、両手の冷感
意識消失発作、右または左手のふるえの発作
メマイ、吐気、嘔吐
2 責任原因
被告は、進路変更をするときには、後方からの車両の有無等安全を充分確認して車線変更を行うべき注意義務があったが、これを怠り、その結果本件交通事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づく責任がある。かつ、被告は、被告車の保有者でもあるから、自賠法三条に基づく責任もある。
3 原告らが被った損害
(一) 秀樹の入院雑費 六万八九〇〇円
(二) 秀樹の休業損害 三一二万一三二六円
(三) 秀樹の入通院慰謝料 一八〇万円
4 原告らの相続
説子は秀樹の妻であり、道裕及び由子は秀樹の両親である(甲二二、二三)。したがって、秀樹に生じた損害賠償請求権は、説子が三分の二を、道裕及び由子が各六分の一宛相続した。
5 損害の・補
原告らは、自賠責保険からの賠償金等一九六二万三三一〇円を受領した。
二 原告らの主張
(主位的請求)
1 秀樹の死亡
秀樹は本件事故により外傷性てんかんに罹患したことが判明し、秀樹に対し抗てんかん薬の投与が開始された。秀樹は、その後も時折めまい、意識消失発作があり、平成一〇年七月二六日、同年九月にも意識消失となって入院したこともあったところ、平成一一年七月三一日夜めまい、嘔吐、意識混濁発作があり、同日、市立岡谷病院(以下「岡谷病院」という。)に入院した。秀樹は、入院後同年八月五日ころから徐々にてんかん重積状態となり、重積状態のまま信州大学医学部付属病院(以下「付属病院」という。)第三内科に転院して治療を受けたが、同月二九日死亡した。
2 原告らが被った損害
(一) 物損 五八六万三九〇九円
(1) 格落ち損 三〇〇万円
秀樹車の事故時の評価額は、少なくとも五五〇万円であったところ、本件事故により、二五〇万円の評価額に格落ちした損害である。
(2) レーサー用車両損害 二八六万三九〇九円
秀樹は、レーサー用の車両を購入し、ドライバーとして各種レースに出場していたもので、レース用に購入した車両は、本体価額が三四八万円であり、本件事故発生時の評価額は二一一万八〇〇〇円であるから、その差額が損害というべきである。また、同車両をレース用に改良した費用は一五〇万一九〇九円を要したが、同改良費用も本件事故により無駄になったものであり、損害というべきである。
(二) 後遺障害による損害 九六五万四九五〇円
(1) 秀樹は、本件事故により、両上肢機能障害・知覚障害の後遺症を負ったものであるところ、その障害の程度が著しいため、両上肢の労働能力を喪失している。これは、後遺障害別等級表第四級の六「両手の手指の全部の用を廃したもの」と同視できる。
(2) また、秀樹は、本件事故により外傷性てんかん・神経性膀胱炎・左下肢機能障害・知覚障害の後遺症を負ったものであるところ、その程度は神経系統の機能に障害を残し、軽易な労務以外の労務をなす労働機能を失っている。これは、同等級表第七級の四に該当する。
(3) 前記第四級の労働能力喪失率は九二パーセント、第七級のそれは五六パーセントであるところ、秀樹の場合は、各々その障害の部位・症状を異にするため、併合し、全体として第三級に該当し(強いて掲げると、その三「神経系統の機能に著しい障害を残し、終身労務に服することができないもの」に該当する。)、労働能力を一〇〇パーセント喪失しているとみるべきである。
(4) 症状固定日である平成九年二月二四日から死亡した日である平成一一年八月二九日までの二年六か月間にわたり、秀樹は労働能力を一〇〇パーセント喪失した状態であった。
秀樹の実収入は年額三八六万一九八〇円であった。したがって、逸失利益は九六五万四九五〇円となる。
3,861,980×2年6か月=9,654,950円
(5) 慰謝料 五〇〇万円
一年間に二〇〇万円の損害を被ったとみるべきで、その二年六か月分である。
(三) 死亡による秀樹の損害
(1) 逸失利益 九〇〇八万五四八八円
<1> 本件事故時、秀樹の実収入額は賃金センサスによる高卒の全年齢平均年収額よりも低かったが、事故当時二九歳、死亡時三三歳の若さであり、かつ有限会社滝沢治工具(以下「滝沢治工具」という。)の中心的な存在であったことからみて、将来、右平均年収額を得る蓋然性は充分あったとみるべきである。
よって、年間五二五万三一〇〇円の収入があるとみて(賃金センサス平成七年)、生活費割合を三〇パーセントと考える。
<2> 中間利息控除係数
あ 死亡時年齢三三歳に対応する就労可能年数は三四年である。
い 右に対応するライプニッツ係数は二四・四九八五九二(控除利率二パーセント)である。
超低金利政策が続く時代にあって、逸失利益を算定するのに年五パーセントの中間利息を控除するのはいかにも不当である。五パーセントを控除するのは、それが法定利率だからとされていたが、被害者は加害者に金銭債務を負っているわけではなく、まして履行遅滞にあるわけでもないからこれを適用する合理的根拠はない。
中間利息を控除する理由としては、現在受け取ることによって将来のある時点までの間、原告らの現在額に利息が発生すると考えられるからである。
したがって、この利息は、被害者が受け取った金額を元本として運用することによって手に入れることが出来るであろう運用利益としての利息である。つまり、控除利率は、金員の期待運用利回りという観点から決定すべきであるから、政府の金融政策(公定歩合など)、あるいは金融市場における現実の預金、各金融商品の期待運用利回りなどの資料に基づいて導くべきことになるが、通常の市民が多く利用している一年もの定期預金の金利を重要な指針とするのが相当である。
戦後日本の裁判所で、逸失利益の計算で年五パーセントの中間利息控除の方式が確立していた時期には、一年もの定期預金の金利が年五パーセントを超えていた。このため、当時は、法定利率=五パーセントを控除することが実質的にみてそれなりの正当性を保持し得た。しかしながら、バブル経済崩壊以降、日本政府による低金利政策が続くようになってからは、各種金利は極めて低い水準が続き、一年もの定期預金の金利は今や大口定期でも年〇・二五パーセント前後となり、一〇年もの定期でも約一パーセント前後に過ぎない状況である。このような金融情勢にあっても、なお年五パーセントを控除するというのは余りにも実態に乖離した理論である。
以上のことから、本件における控除利率は、大きくても年二パーセントをもって相当と解する。
<3> 以上を前提に逸失利益を計算すると、次のとおり、九〇〇八万五四八八円となる。
5,253,100×0.7×24.498592=90,085,488円
(2) 死亡慰謝料 一〇〇〇万円
本来であれば三〇〇〇万円が相当であるが、本件においては原告らの固有の慰謝料をある程度高めに請求するため、右にとどめる。
(四) 秀樹が被った損害は、前記争いのない額を含めると総額一億二五五九万四五七三円となるところ、前記争いのない填補額を控除すると一億〇五九七万一二六三円となる。
説子はその三分の二に相当する七〇六四万七五〇九円を、道裕及び由子はその各六分の一に相当する一七六六万一八七七円をそれぞれ相続によって取得した。
(五) 原告らに生じた固有の損害
(1) 説子 一〇〇〇万円
(2) 道裕及び由子 各七〇〇万円
(3) 弁護士費用
説子 五〇〇万円
道裕及び由子 各二五〇万円
(六) 以上のとおり、被告に対し、説子は相続によって取得した損害賠償請求権及び固有の損害賠償請求権合計八五六四万七五〇九円の、道裕及び由子は同様各二七一六万一八七七円の支払いを求める。
(予備的請求)
1 交通事故による後遺障害により労働能力を失った被害者が、症状固定後に交通事故とは関係のない別の原因で死亡した場合、特段の事情がない限り、死亡後の逸失利益の賠償が制限されるべきではない(最高裁平成八年四月二五日判決民集五〇巻五号一二二一頁)。
本件においては、交通事故と死亡との間に因果関係が全くないということではなく、その存否が証明できないというものである。しかし、存否が証明できる場合はより高額な死亡を理由とする賠償額が認められるのであるから、公平の見地よりして、少なくともより少ない金額である後遺障害に基づく損害額についてその請求が認められないなどとする見解はあり得ない。
すなわち、秀樹に生じた後遺障害に基づく損害の賠償を、相続人である原告らは請求できる。
2 秀樹に生じた後遺障害に基づく損害
(一) 入院雑費 六万八九〇〇円
主位的主張どおり
(二) 休業損害 三一二万一三二六円
主位的主張どおり
(三) 障害慰謝料 一八〇万円
主位的請求どおり
(四) 将来の治療費 三七三万五四九〇円
秀樹は、 前記(主位的請求)2(二)(1) (2) の後遺障害により、投薬等定期的な治療を受けなければならず、その治療費は、一か月当たり一万七四一〇円を要するところ、秀樹の平均余命は四六・五六であり、これに相当するライプニッツ係数は一七・八八〇であるから、将来の治療費は三七三万五四九〇円となる。
17,410×12×17.880=3,735,490円
(五) 死亡に伴う逸失利益
一億一六四四万六七〇二円
控除する中間利率を三パーセントとすると、ライプニッツ係数は二二・一六七二三五となり、逸失利益は一億一六四四万六七〇二円となる。
5,253,100×100%×22.167235=116,446,702円
(六) 後遺障害慰謝料 一六〇〇万円
第三級の後遺障害に該当するので、右金額が相当である。
(七) 弁護士費用 七〇〇万円
(八) 物損 五八六万三九〇九円
主位的請求どおり
(九) 既払額 二〇六二万三三一〇円
被告主張による
(一〇) 合計 一億三三四一万三〇一七円
3 説子の損害額
(一) 相続分 八八九四万二〇一一円
説子は配偶者として、前記2(一〇)の金額の三分の二に相当する八八九四万二〇一一円を相続した。
(二) 固有慰謝料 三〇〇万円
夫である秀樹が前記後遺障害を負ったため、説子は、生涯一定の介護をしなければならなくなった。また、説子ら夫婦は、将来子供をもうけ展望のある生活設計を立てていたが、秀樹の前記障害の治療上必要な投薬等の影響により、奇形児出産の危険があるため子供をもうけることを断念した。これらにより説子が被った精神的損害は計り知れないものであり、これを金額に換算すれば三〇〇万円が相当である。
4 道裕
(一) 相続分 二二二三万五五〇二円
道裕は直系尊属として、2(一〇)の金額の六分の一に相当する二二二三万五五〇二円を相続した。
(二) 固有慰謝料 二〇〇万円
道裕は、滝沢治工具の代表取締役であり、秀樹は道裕の長男であるところ、秀樹は、同社にコンピューター作動による大熊製のMC-4VAのオペレーターとして勤務していた。道裕は、将来、秀樹に会社経営を任せるべく期待して、会社や家族のために誠心努力してきたが、本件事故により、秀樹が前記後遺障害を残したため、将来にわたって右機械を作動することが出来なくなり、また、右機械は他に作動する者がなく遊ばせる結果となり、その期待感が失われた。その精神的苦痛は計り知れないものであるが、それを慰謝するには二〇〇万円が相当である。
5 由子
由子は直系尊属として、2(一〇)の金額の六分の一に相当する二二二三万五五〇二円を相続した。
6 以上のとおり、被告に対し、説子は相続によって取得した損害賠償請求権及び固有の損害賠償請求権合計九一九四万二〇一一円の、道裕は同様二四二三万五五〇二円及び由子は相続によって取得した損害賠償請求権二二二三万五五〇二円の支払いを求める。
三 被告の主張
1 本件事故と秀樹の死亡との間には、相当因果関係はない。
(一) 付属病院第三内科の福島医師の死亡診断書上の診断によれば、秀樹の死亡の直接の原因はてんかん重積であり、更にその原因は脳炎であって、死因の種類は病死及び自然死であるとされている。これに対し、外傷性てんかんに関しては、「直接には死因に関係しないが、I欄の傷病経過に影響を及ぼした傷病名等」の欄に記載されているに過ぎない。また、同内科の矢崎医師の診断においても、てんかん重積の原因は脳炎であり、外傷性てんかんとてんかん重積との関連は確定できないとされている。
(二) 同内科の石川医師らの家族に対する平成一一年八月一一日付のムンテラによると、「てんかん重積だけとは考えにくく、脳炎、脳症があるかもしれない。髄液では、細胞はなく異常はなかったが、脳炎は否定できない。アンモニアが高値であり、シトルリン血症などの代謝性脳症を起こし、けいれん重積になった可能性がある。脳波にはてんかんの波はない。てんかん重積にしてはおかしいので、他に原因がないかどうかを調べている。成人になってから突発発症し、二~三日で意識消失~死亡するということもある。」という。説明がなされている。また、「原因はよく分からないが、てんかんのみでは説明がしにくく、何らかの脳症、脳炎を考えている。」といった説明もなされている。
(三) 以上のとおり、付属病院では、てんかん重積になった原因としては、むしろ脳炎や脳症を疑っていたのであり、外傷性てんかんと脳炎・脳症というものは、発症のメカニズムにおいて全く異なっているのであるから、秀樹が外傷性てんかんにより死亡したとの判断はしていないといわざるを得ない。
(四) 秀樹は、死亡する前年の平成一〇年七月下旬にも、意識障害、曖昧な返答、しびれや歩行障害、動作緩慢等の症状になったが、このときはウェルニッケ脳症の疑いがあるとして、ビタメジンの点滴を受け回復している。
すなわち、外傷性てんかん以外の原因として、代謝性脳症の疑いを持たれている。
(五) 千代田火災海上保険株式会社の脳神経外科顧問医が、診療録等(乙三〇ないし三四)を総合して判断した結果によると、そもそも外傷性てんかんによるてんかん重積で死亡に至ることはないのであり、本件では、てんかん重積の原因として外傷性てんかん以外の何らかの原因があったものと考えられるとのことである。
(六) 付属病院に転医する前、秀樹の治療に当たっていた岡谷病院神経内科の進藤医師も、本件では、「死亡原因が特定できない限り、交通事故との関連性を肯定することは難しい、外傷性てんかんの増悪によっててんかん重積となりそれによって死亡したと考えることは、呼吸管理がなされているにもかかわらず非常に速く進行した臨床過程から考えると、むしろ否定的と思える。」と述べている。
(七) 以上の事実を総合すれば、本件では、てんかん重積に至った具体的原因は病理解剖を経ていないため特定できないものの、重篤な結果を引き起こす何らかの脳炎(例えばウィルス性脳炎)や脳症(例えば代謝性脳症やシトルリン血症等)によっててんかん重積に至った疑いが濃厚であって、外傷性てんかんからてんかん重積に至るケースとは、その症状の重さや治療に対する抵抗性の強さからして明らかに異にしているといわなければならない。
したがって、仮に本件事故により秀樹が外傷性てんかんになったとしても、本件事故と秀樹の死亡との間に相当因果関係を認めることはできない。
2 予備的請求について
(一) 逸失利益
(1) 収入について
逸失利益における収入を計算する際は、原則として、事故前の実収入を前提とすべきであるところ、本件では、秀樹が賃金センサスの三〇歳高卒全年齢平均年収額を得られた蓋然性を認める証拠はない。
したがって、同人の年収は二九九万八五一六円(乙五)として計算するのが相当である。
(2) 就労可能年数と生活費控除について
原告らが主張する判例を前提にするならば、相当する生活費も控除しなければ、逆に被害者(その相続人)を不当に優遇することになる。
したがって、就労可能期間までの逸失利益を認めるにしても、死亡後の生活費(本件では四〇パーセントが相当である。)を当然に控除すべきである。
(3) 中間利息の控除率について
将来得べかりし収入を現価として算定するに際し、どのように運用利益を控除するかについて、最近の低金利経済情勢を考慮することも一つの考え方ではあるが、経済の変動に高低の波があることは社会通念であるし、この低金利状況が今後十数年間も続くと考えることは到底出来ない。現に、十年ほど前のバブル絶頂期には金利は五パーセントをはるかに超えていたのである。
したがって、法的安定性の面からしても、現在の公定歩合を斟酌するのは妥当ではなく、民事法定利率である年五パーセントの割合によるライプニッツ方式を採用すべきである。
(4) 労働能力喪失率について
<1> 秀樹に頚髄損傷はあったか。
あ 秀樹の従前のカルテ、レントゲン写真等を参照した場合、同人につき頚髄損傷を裏付ける診断資料は一切ない。本件事故後に撮影された画像所見においても、本件外傷に起因した頚髄損傷を示す所見は一切ない。
い 相澤病院リハビリテーション科の原医師は、秀樹の上肢等の機能障害の原因は外傷性中心性頚髄損傷によるものであると断定し、その根拠として、秀樹からの問診の結果認知した本件事故時の衝撃の状況及び足の方の麻痺が最初に回復してきたこと、上肢の巧緻性障害に比較し下肢の障害は軽微であったことといった事情を掲げている。
しかし、従前のカルテには、本件事故当初歩行可能であった記載はあるものの、足の麻痺があり上肢に比して麻痺が回復してきたことを裏付ける記載は全くなく、逆に秀樹の病状は上肢の症状はもとより、下肢の症状も本件事故から三年以上経過した現在でも悪化しており、病状が回復してきたという状況にはない。特に下肢に関しては相当程度障害が進行してきていた。
また、中心性頚髄損傷も外傷性のものである以上、受傷の初期段階では短期的に病状が悪化することはあっても、本来は治療と時間の経過によって改善され、上下肢とも病状は軽減するはずであるが、これらが進行していた秀樹の病状の推移は、外傷としては、医学的に説明不能であるといわざるを得ず、これに対し、原医師は、脊髄空洞症の場合は、上下肢の障害が進行する場合もあり得ると指摘する。
しかし、原医師も自ら認めるとおり、それは全くの仮説である上、原医師本人は岡谷病院等の従前の診療結果を記したカルテ等の書類を全く確認しておらず、最低限度必要であると思われる頚椎のMRI撮影も実施していない。従前の秀樹のMRI等に鑑みても、脊髄内部での内出血や脊髄空洞症の所見を示す資料は全くない。
以上のとおり、原医師が本件に関し中心性頚髄損傷と診断したことについては、信用性に欠けるものである。
う 秀樹を身近で診察してきた岡谷病院整形外科の山岡医師らも、中心性頚髄損傷の可能性は否定しないものの、神経学的所見等と病状が必ずしも一致しておらず、手指や脚の障害が改善されずに悪化していたことについては医学的に説明できないと述べている。
また、同病院神経内科の進藤医師らも、頚髄等に障害があることを示唆しているが、合理的な疑いを払拭する程度の確証を抱くに至っていない。むしろ、進藤医師の場合は、診察時の歩行の様子がtheatrical(演技的)であることや、意識障害時においても脳波の所見は正常であること等から、心身症的なものがあったことを指摘している(この点、同病院内科の笹村医師も、一種のヒステリーであることを示唆している。)。
え 以上のとおり、秀樹の各種病状(特に、両上肢と左下肢機能障害の悪化)は、頚髄損傷による可能性は乏しく、本件事故以外の何らかの原因に秀樹の生来の心因的要因が加わり、発症したものというべきである。
<2> 両上肢機能障害と外傷性てんかん・神経因性膀胱・左下肢機能障害・知覚障害を区別して考えることの相当性
秀樹の各症状は、同一の原因により発症しているものと推認され、いずれも神経系統の障害であるから、各症別個に等級判断し、これを併合するといった手法は相当ではなく、神経系統の機能障害が著しいと日評価し得ないのか否か、その程度がどの程度であるのか、総合的、統一的に判断すべきである。
<3> 秀樹の後遺障害等級について
あ 原告らは、両上肢機能障害につき、第四級の六に該当すると主張する。
しかし、「手指の用を廃したもの」というためには、原則として、指の末節骨の二分の一以上を失ったか、中手指節間関節または近位指節間関節に完全硬直に近い著しい運動障害を残すことが必要であると解されているところ、秀樹は、車の運転をし、片手で携帯電話も架け、プールで一五メートル程泳いだりもしていたのであるから、手指の用を廃していたものでないことは明白である。
秀樹にあっては、車の運転や携帯電話の使用等に関し手指の動作も可能であった上、ある程度の歩行や腕の使用、一五メートル程ではあるが水泳も行い、買い物やゲームコーナーでゲームをしたり、あるいは飲酒等も行うなど日常生活を送り、体全体を使用し十分な思考力の下にプログラムを作成する等従前の業務の相当部分を行うことも可能であったのであるから、終身労務に服することが出来ない状態でないことはもとより、極めて短時間の単純な軽作業、またはそれ程思考力を要しない雑仕事程度しかできないという状態でもなかったと解される。
い 秀樹は、自らの病状について具体的に書き記している(甲一五)が、このすべてが本件事故に起因するかは疑問である上、前記進藤医師によると、歩行の様子がtheatrical(演技的)であり心身症が考えられるということであるから、右病状が真に発生しているのか疑問である。
う 外傷性てんかんに関しては、秀樹の本件事故による頭部内の外傷が認められないところ、前記進藤医師は、「外傷性てんかん」と診断しているが、その根拠は、本件事故前は異常がなかったという本人の申立によるものであり、消極的に外傷性と判断したに過ぎない。仮に、本件事故に起因するてんかん症があるとしても、その障害は他の障害に吸収され第九級を越えるものとは認定できない。
え 神経因性膀胱に至っては、本件事故後約三年近く経過しての発症であり、本件事故との因果関係を肯定するにはかなり無理があると思われる。岡谷病院泌尿器科の会田医師は、脊髄の排尿中枢と脳幹部に何らかの障害のある核上型神経因性膀胱(尿が滞められず無抑制に排尿してしまう。)と診断しているが、秀樹においては、平成一〇年七月三〇日、尿意はあるが排尿できないため導尿で八〇〇ミリリットル排尿させたということもあり、右診断と矛盾する状態も確認されている。
<4> 秀樹の後遺障害は、次のとおり、全体として九級に相当すると解され、労働能力の喪失は三五パーセントと判断される。
したがって、秀樹の逸失利益は、一〇五二万二七二二円となる。
2,998,516×(1-0.4)×16.711×0.35=10,522,722円
(5) 後遺障害慰謝料について
秀樹の後遺障害は九級と認定すべきであるから、慰謝料は六一六万円が相当である。
(6) 将来の治療費について
病状固定後の治療費については、すでに後遺障害に係わる損害として勘案されているので、損害として新たに認定することは妥当でない。
(7) 物損について
<1> 格落ち損
秀樹車は完全な修理が完了し、外観や機能には一切の欠陥は残存しておらず、仮に、事故歴によって自動車の商品価値の下落が見込まれるにしても、格落ち損については、修繕費の一~三割程度認めるのが判例の見解である。
すなわち、本件においても、右損害は修繕費の三割である三一万二三六一円をもって相当とすべきである。
<2> レーサー用車両損害
レーサー用車両の所有者は説子である上、同車両を原告側で保有している限り、経済上の損失は何ら発生していない。また、レーサー用車両の購入及びその改造は特別事情であり、その損害について一般的に予見しうるものではないから、相当因果関係を欠く。
(8) 説子及び道裕の固有の慰謝料について
近親者の慰謝料が認められるのは、生命侵害による場合か、生命が害された場合にも比肩すべき精神的苦痛を被った場合に限られるところ、本件では、秀樹の本件事故による障害は、頚椎捻挫、腰椎捻挫等に留まるものであり、後遺障害も第九級のものであるに過ぎないので、説子の固有の慰謝料は認められない。
また、滝沢治工具の機械は、秀樹に代わって別の従業員がこれを作動させることが可能であり、現に秀樹の兄弟が右家業を手伝っているのであるから、道裕にも固有の慰謝料の発生を認めることは出来ない。
(9) 弁護士費用について
以上、本件事故により発生した損害は二一九八万五三〇九円となり、長野県弁護士会報酬基準により認められる弁護士費用は三五六万七七九五円となる。
(10) 素因減責論
<1> 本件事故による障害の特筆
あ 本件事故は、秀樹車の破損状況あるいは同乗者(説子)の傷害結果等に鑑みるならば、それ程衝撃の大きい交通事故ではない。秀樹も説子もシートベルトをしており、同人は本件事故により頚椎捻挫、腰椎捻挫の傷害を負ったものの一か月で完治している。
い 秀樹の本件事故直後の病状は、打撲、捻挫等の症状のみで、頭痛、意識障害もなく、X線やCT撮影においても何らの異常はなかった。
う 秀樹は、自ら乗用車を運転して被告方に赴き、本件事故に関する苦痛を述べ、また千代田火災海上保険株式会社の事故担当者に対し、再三面接を行うなど、健常者と何ら変わらぬ行動をしていた。
え それにもかかわらず、秀樹の神経症状は悪化するばかりであり、労作に対する制約は本件事故後三年が経過してもなお進行していると主張している。
お 秀樹の握力は、中村病院にいたころが二〇~三〇キログラム、平成八年一月から四月ころに一〇キログラム台になり、同年夏から冬には六~七キログラム、平成一〇年夏から秋にかけては一~三キログラムまで低下している。また下肢についても同様に障害の程度が進行している。
か 本件事故後約一年二か月が経過してからてんかん症が発症し、更に約三年弱が経過してから神経因性膀胱が発症している。
き 手指の神経症状の根本原因に関しては、確定的な診断がなされることがなく、バレー・ルー症候群、胸部出口症候群、外傷性神経根障害、外傷性中心性頚髄損傷そして身体障害者手帳申請書類上の診断書に至っては、突如重大な疾病である(本件事故後全く診断がなされたことのない)頸部脊柱管狭窄症と診断されるといった著しい変遷があり、一体どのような治療がなされたのか外見では測りしれない様相となっている。
く およそ、交通事故により突発的に身体の傷害を被った場合、事故直後の短期間であればその傷害が悪化することはあり得ても、通常はその症状が固定するかあるいは回復に向かい治癒していくことは経験則上明らかである。にもかかわらず、本件では、前述のとおり、三年を経過しても新たな疾病が発症し、医師の診断も定まらず、神経症状は悪化するばかりで労作に対する制約はますます進行している状況である。
<2> 以上の事情に鑑みるならば、秀樹の後遺障害は、単に本件事故だけに起因するものではなく、同人の体質、同人の心身症としての状態や、自動車に思うように乗れないあるいは愛車を壊されたという事実に対する不満、加害者に対する憤り等が高じてその症状に至っていたものと推認することが出来る。
この点、進藤医師は、PSD(心身症)的なものがあると考えた、意識障害時に記録した脳波所見は覚醒時の正常所見である、精神的な修飾が加わっていると考える方が自然であろう等と分析し、笹村医師も、秀樹がヒステリーであることを疑っている。また川嶋医師も、平成一一年七月三一日の発作について、たぶんに心身症的なところがあると診断している。
<3> ところで、身体に対する加害行為と発生した損害との間に相当因果関係がある場合において、その損害が加害行為のみによって通常発生する程度、範囲を超えるものであって、かつその損害の拡大について被害者の心因的要因が寄与しているときは、損害を公平に分担させるという損害賠償法の理念に照らし、損害賠償の額を定めるに当たり過失相殺の規定を類推適用して、その損害の拡大に寄与した被害者の右事情を斟酌することが出来ると解すべきである(最高裁昭和六三年四月二一日判決民集六三巻四号二一頁他)。
そうすると、本件事故とは関係なく発生した疾病等に関する障害は損害賠償額の算定から除外すべきであるところ、秀樹の前記主観的、心因的要因(本件では、特に心身症と被告に対する憎悪感情)を斟酌して、少なくとも三割の減額を行うべきである。
(11) 既払金について
原告らが主張する以外に、被告は、平成一一年七月一六日、一〇〇万円を支払った。
四 争点
1 本件事故と秀樹の死亡との間には相当因果関係が存するか。
2 本件事故による秀樹の後遺障害に基づく逸失利益はいくらか。
3 本件事故による秀樹の後遺症慰謝料はいくらが相当か。
4 本件事故により、その他に秀樹らが被った損害額はいくらか。
5 原告らが被った損害額について、それを減額すべき事情は存するか。
第三争点に対する判断
一 本件事故と秀樹の死亡との間の因果関係(争点1)
1 証拠(甲二一、二四、乙一四の一、一五の一ないし九、一六の一ないし八、一七の五及び八、一九、二〇の一、二五、二六の一及び二、三〇、三一、三五、説子、道裕)によれば、次の事実が認められる。
(一) 秀樹は、本件事故前はてんかんやその他の病気はなく、三〇歳まで健康で入院したことはなかった(道裕)。
(二) 秀樹は、本件事故により、平成七年六月四日、救急車で中村病院(長野県塩尻市所在)に搬送され、歩行して入院した。その際、同人には意識障害はなく、同人は、頚部痛、腰痛及び腹痛を訴えていたが、頭痛の訴えはなく、薬物療法、理学療法にて症状が軽快し、住居の関係で岡谷病院へ転医することとなり、同月二二日、中村病院を退院した。同病院での検査所見によると、X線でもCT撮影等でも異常は認められなかった。なお、中村病院における傷病名は、頭部打撲、頸椎捻挫、腰椎捻挫、腹部打撲となっている(乙一四の一、一七の八、二〇の一)。
また、秀樹車の助手席には、説子が同乗しており、同人も打ち身の傷害を負ったが、一か月ほどで完治している(説子)。
(三) 秀樹は、同年六月三〇日、岡谷病院に入院した。同人の傷病名は、頚椎捻挫、腰椎捻挫であり、同年八月二日まで入院し、その後引き続き同病院整形外科あるいは神経内科等で注射、投薬による通院治療を受けており(乙一五の一ないし九、一六の一ないし八、一九)、平成九年二月二四日には、同病院により、症状固定との診断がなされた(乙二六の一)。なお、秀樹の症状について、同病院神経内科の進藤医師は、平成八年五月三〇日、本人の本件事故後意識消失が出現したとの訴えあるいは脳波等に基づき外傷性てんかんと診断し、同年七月から抗てんかん剤を使用し始め(乙一七の五)、また、同年一一月二一日には迷走神経緊張症と診断した(乙二六の二)。秀樹の通院治療はその後も継続しており、同人は、平成一〇年七月二五日に嘔吐し、翌日同病院に再入院したが、同年八月一三日、軽快し退院した。
(四) 秀樹は、引き続き岡谷病院に通院し治療を受けていたが、平成一一年七月三一日、嘔吐し同病院に救急車で入院した。秀樹の症状は次第に悪化し、てんかん重積の状態となり、同年八月八日、付属病院へ転院となるが、同人は、同月二九日、死亡した。死亡診断書には、直接の死因はてんかん重積であり、その原因は脳炎と記載されているが、脳炎との確証はないこと、外傷性てんかんとてんかん重積との関連は確定できないとの記載がある。また、本件についての考察として、単にてんかん重積発作としては考えにくく、何らかの脳炎、脳症が疑われるとの記載があり、その旨医師から原告ら家族に説明もなされている(乙三一)。
(五) 千代田火災海上保険株式会社の脳神経外科顧問医は、秀樹の死亡原因について、次のような見解を述べている。
すなわち、外傷性てんかんによるてんかん重積で死に至ることはなく、本件については、外傷性てんかん以外の何らかの原因があったと考えられる。外傷性てんかんは、抗てんかん剤を投与し、抗てんかん剤の血中濃度が有効値にあるか定期的に確認すれば、てんかん発作のコントロールは容易に行える。抗てんかん剤を投与しているにもかかわらず、てんかん発作が起き重積状態に陥ったとしても、人工的に麻酔下にて眠らせて人工呼吸器にて呼吸管理がしっかり行われれば、てんかん重積状態はコントロール可能で死亡することはない。よって、てんかん重積の原因は、脳炎・脳症を含めた外傷性てんかん以外の何らかの原因があると考えるのが一般的である(乙三五)。
(六) 岡谷病院の神経内科の進藤医師は、外傷性てんかんの増悪によっててんかん重積となり、それによって死亡したと考えることは、呼吸管理がなされているにもかかわらず非常に速く進行した臨床経過から考えると、交通事故との関連は、否定的に思えるとその見解を述べている(甲二四)。
2 以上の事実からすると、秀樹は、本件事故以前は、普通の健康状態であったところ、本件事故以後、入院あるいは通院治療を継続しなければならない状態となり、しかも症状は次第に悪化し、本件事故からおよそ四年後にてんかん重積で死亡するに至ったというものであり、本件事故と死亡との間に因果関係が存するようにも考えられるものの、直接の死因であるてんかん重積を発症した原因は、最後の段階で治療に当たった医師においても確定できない状況で、その症状の推移からすると、かえって脳炎あるいは脳症という本件事故とは関係ない原因によって引き起こされた可能性が大きいといわざるを得ない。
そうすると、本件事故と秀樹の死亡との間には相当因果関係は認められず、原告の主位的請求は理由がない。
二 後遺障害に基づく逸失利益(争点2)
1 収入について
逸失利益の算定に当たっては、原則として、事故前の被害者の実収入を前提とすべきではあるが、被害者において、将来、賃金センサスの平均年収額よりも多い収入を得られる蓋然性が認められる場合には、右賃金センサスによる年収額をもってその収入とすることが相当である。
本件において、秀樹の平成六年度の年収額は二九九万八五一六円(乙五)と賃金センサス平成七年第一巻第一表新高卒の全年齢平均年収額五二五万三一〇〇円よりも低額である。しかし、同人の平成三年度の年収額は五七八万五四五五円(甲一四の一)、平成四年度のそれは三五七万八七八六円(甲一四の二)、平成五年度のそれは三二六万九一二四円(甲一四の三)であるところ、年収額が年々下がっているのは景気が悪くなってきているためであると認められる(秀樹)。
そうすると、景気の回復とともに、秀樹の年収額が平成三年度以上に上がることは充分認められると解され、したがって、本件においては、前記賃金センサスの年収額をもってその基礎とするのが相当である。
2 生活費控除について
被害者が交通事故により後遺障害を負った場合、その生活費相当分を控除せずに逸失利益を算出し、被害者はその金員を受領することとなるが、交通事故後に、被害者がそれとは全く関係のない別の事情で死亡するに至ったとしても、単に被害者に相続問題が生ずるというに過ぎず、損失と利得との関係に立つものとは解されない(最高裁平成八年四月二五日判決民集五〇巻五号一二二一頁、最高裁同年五月三一日判決民集五〇巻六号一三二三頁参照)。判決確定直後に被害者が死亡した場合と比較し、格別被害者に不利益に解する事由は存しない。
すなわち、被害者の死亡により生活費の支出が不要になったのは、偶然的な事由によるものであり、結果として、被害者側(相続人)に生活費相当額の支出を免れ利得が生じたとしても、特別不公平な結果を招来しない限り、交通事故により死亡した場合のように、生活費相当分を控除することは相当とは解されない。
3 控除すべき中間利率について
中間利息の控除は、将来受け取るべき金員を現在受け取ることによって、その受領した金員に将来の当該時点までの利息が生ずることにより、支払者に比較して受領者に有利になるという不公平を解消するためである。
他方、民法で規定されている法定利率は、金銭債務の不履行という面から定められているものであり、したがって法定利率をもって中間利息を控除する際の割合とすることには、格別合理的な根拠はないものと解される。
そして、現在の公定歩合は平成七年九月以来〇・五パーセントで推移していること、銀行の期間一〇年ものの大口定期預金の利息でも年一パーセント以下であることは公知の事実であり、これに中間利息を控除する右趣旨を併せ考えると、年三分の割合をもって相当と考える。したがって、秀樹の就労可能年数(事故時三〇歳)三七年に対応するライプニッツ係数は二二・一六七二三五である。
4 労働能力喪失率について
(一) 証拠(甲九、一五、乙四二の一及び二、秀樹)によれば、次の事実が認められる。
(1) 平成九年六月五日時点で、秀樹は、杖等なしで休まずにおよそ一〇〇メートル歩行でき、またつかまらずに約三〇分間起立位保持が可能ではあるが、両上肢の肩関節以下に知覚異常が認められ、物を投げるあるいは運ぶ等に障害があると診断され、動作等については、食事をしたりコップで水を飲む、衣服を着脱する、タオルを絞るあるいは屋外を移動する等の場合には半介助を要する状況で、岡谷病院整形外科の山岡医師は、こうした障害程度を身体障害福祉法別表の二級相当に該当すると判断した(甲九)。
(2) 平成一〇年九月時点で、秀樹は、杖を使わずに歩ける距離は二五~五〇メートルと短くなっており、起立位保持時間も五分程となった。また、手も常に震えており、字も書けず、細かい仕事も出来ない状態で、ワープロもキーボードをみながら片方の手で指一本で打たざるを得ない状態である。更に、重い物を持つことも出来ず、車椅子に乗っても手に力が入らずタイヤを回すことが出来ないほどである(甲一五、秀樹)。
(3) 平成一〇年六月二六日、秀樹は、乗用車に説子を乗せ一五分程のところにあるコンビニエンスストアまで運転して行き、駐車場では、一本杖を使い歩行していた。同年七月四日、秀樹は、説子を乗せ、自ら運転してスーパーに出かけ、同所において、UFOキャッチャーで遊んだりした後、杖を付きながら自分の車に乗り、自宅へ運転して帰った(乙四二の一)。同年九月一九日、秀樹は、説子の運転で出かけ、書店において、右手で雑誌を下から支えて持ち、左手でページを操りながら立ち読みした。同年一〇月一一日、秀樹は、説子の運転でスーパーに出かけ、店内を杖を使って歩行し、店先にあるプラモデルの箱を下から支えながら蓋を開け、左手で箱の中にある部品を取り出し、あるいは左手だけで携帯電話を持ち、通話口の蓋を開閉したりなどした後、自動車に戻り、自動車のドアの開閉も左手で行った。別のスーパーにおいても、秀樹は、左手でシェーカーを振ったり、左手でワイングラスを展示棚から取ったりしていた(乙四二の二)。
(4) 本件事故による障害として、頸椎の脊髄神経根障害の可能性が、岡谷病院精神内科の進藤医師によって指摘されているが、同時に神経分布に必ずしも対応しない所見があるなど、心身症的な要素もあり、どこまで器質性なものかわからない、神経因性膀胱は脊髄障害の存在を示し、平成一〇年七月三〇日の尿閉状態をきたしたことも神経因性膀胱によると考えるのが自然であるが、尿閉については頻度は少ないがヒステリーのような精神的な原因でも起こしうる症状である、客観的なデータとして神経因性膀胱があったのならば脊髄障害があったと考えてもよいとしている(甲二四)。そして、確かに、同病院泌尿器科の会田医師によると、球海綿体筋反射亢進、膀胱容量が小さい、尿流量曲線が不良であり、残尿はほとんどないことなどから、脊髄の排尿中枢と脳幹部の間になんらかの障害がある可能性を示唆しているとの見解を示している(甲二五)。しかし、大谷医師によると、秀樹に関する診療録及びレントゲン等の写真を検討すると、右泌尿器科では腎盂造影検査を行っているところ、膀胱像が小さいことをもって痙性膀胱と診断しているものと思うが、排尿状態は良好であり、痙性膀胱と確定的な診断は出来ないとの見解を示している(乙二七)。
また、相澤病院リハビリテーション科の原医師は、秀樹の上肢等の機能障害の原因は、外傷性中心性頚髄損傷によるものであると断定し、受傷直後にMRIを撮影していれば中心性頚髄損傷の病変が確認できた可能性が高いとの意見を述べているが(甲八、証人原)、その前提としての資料は、秀樹に対する問診の結果にその多くを依拠しているもので、検査結果等必ずしも客観的な事実に基づくものとも窺えない。
これに対し、前記大谷医師は、平成七年六月二九日に岡谷病院で撮影された頸椎MRI写真の頸椎、頸髄等には異常は認められず、同年一〇月二日及び平成八年九月一九日撮影の頸椎MRI写真にも異常は認められない、中村病院に入院中には神経学的に異常はなく、その後両手のしびれ、吐き気、嘔吐、頭痛、意識障害発作等が漸次発生、悪化してきている、神経学的には両上肢、腱反射はなく、知覚障害は両上肢、左下肢にみられ、神経学的には理解できないなど、中心性頚髄損傷と診断できる所見はないとの見解を示している(乙二七)。
以上の事実を総合すると、秀樹に脊髄障害が発症したと認めることは未だ困難であり、その他全証拠によってもこれを認めることはできない。
(二) 以上の事実に、前記争いのない事実(後遺障害に係わる診断)並びに秀樹の年齢及び職歴等を総合して判断すると、秀樹は、両上肢左下肢に触痛感鈍麻、両上肢から手指にかけて振戦があり、また両手指は細かい作業が不可能な状態であること、両手指の筋力が低下していること、めまい・吐き気・嘔吐があることといった後遺症を負っているため、全体として、軽易な労務以外の労務に服することができないもの(第七級の四)に該当すると解するのが相当である。
5 逸失利益の総額 六五二一万〇一五三円
以上を前提に秀樹が被った逸失利益を計算すると、右金額となる(円未満切り捨て)。
5,253,100×22.167235×0.56=65,210,153円
三 後遺症慰謝料(争点3) 九三〇万円
右金額をもって相当と判断する。
四 その余の損害額(争点4)
1 将来の治療費 三七三万五四九〇円
秀樹の自覚症状としての意識消失発作あるいは両手指の振るえについては、抗てんかん剤を投与して軽快している状況であり、まためまい・吐き気・嘔吐については、症状固定日(平成九年二月六日)時点においても、治療を継続している(乙三の二)こと、抗てんかん剤は飲み続け(二年間)、脳波等に異常がなければ量を減らして飲み続け(二年間)を繰り返し、一〇年何もなければ治癒となる(乙一七の五)ことからすると、秀樹は、一生投薬を受け続けなければならない可能性が大きいと解される。
そして、平成九年五月一か月間における治療費は合計一万七四一〇円であることが認められる(甲三の一ないし一〇)ので、秀樹の平均余命に相当するライプニッツ係数一七・八八〇により算出すると、三七三万五四九〇円となる。
17,410×12×17.880=3,735,490円
2 物損について 三〇万三二六四円
交通事故で自動車を修理したことにより、その商品としての価値が明らかに下落した場合には、損害として賠償請求を求めることが出来ると解されるところ、本件自動車の品質、グレードあるいは破損状況等(乙八の一ないし三、一〇の一及び二、一二)から、いわゆる格落ち損として、修理費の三割相当をもって秀樹の被った損害と判断する。
本件の修理費は一〇一万〇八八〇円(部品代六二万九八九〇円及び工賃三八万〇九九〇円)であるから(乙一〇の一及び二)、その三割相当の三〇万三二六四円をもって損害と認める。
レーサー用車両の損害については、たとえ秀樹所有の車両であったとしても、そうした損害は特別事情に基づくもので、本件事故との間には相当因果関係はないものと解される。
3 説子及び道裕の固有の慰謝料について
説子は、平成五年九月九日、秀樹と婚姻したものであり(甲二二)、これから子供をもうけ(秀樹、説子)今後の生活を大いに楽しみにしていたものと認められるところ、秀樹は、本件事故により、前記認定のとおりの後遺障害を負ってしまったこと、日常生活においても、衣服の着脱を始めとして、相当程度秀樹を介助する必要があり(甲九)、自分の時間及び行動を大きく制約されるに至ったと認められること等の事情及び説子の年齢を総合して検討すると、説子には、生命が害された場合に比肩すべき精神的苦痛を被ったものと解され、それを慰謝するには、二〇〇万円をもって相当と判断する。
なお、道裕については、本件全証拠によっても、慰謝料を支払わなければならないような精神的苦痛を被ったものとは認められない。
五 損害額を減額すべき事情の有無(争点5)
1 証拠(甲二四、乙一九、二〇の一及び二、二五)によると、秀樹は、頸椎捻挫及び腰椎捻挫として中村病院及び岡谷病院で治療を受けてきたものであるところ、この間、頚部痛あるいは手指のしびれが発症するようになり、その症状は一進一退を続けていたが、一応軽快したとして、平成七年八月二日退院したこと、退院後間もなくしてから嘔吐することもあり、手の握力が次第に低下してくるとともに、手指のしびれも強くなってきたが、各症状は特に悪化するということもなく、岡谷病院で通院治療を受けてきたこと、同年七月、秀樹の握力は三〇キログラムあったのが平成八年に入ると両手共一〇キログラムにまで低下したこと、同年五月座位で意識なく倒れたり痙性歩行の症状から、神経内科での治療も受けることとなったこと、その後意識消失発作が起き、てんかんとの診断がなされ、手指のふるえの発作も生じたことから、同年七月からは抗てんかん剤の投与が始まったこと、秀樹は、通院し治療を受け続けて来たが、平成一〇年七月二六日、悪心、めまいで再度入院し、同年八月一三日退院したものの、同年九月九日、意識がおかしいとのことで三度入院したこと、その際秀樹は、自分の名前が言える程度でそれ以外の発語はなく、呼べば半分くらい開眼するのみで動きは全くない状態であったが、補液で意識が回復したこと、岡谷病院の神経内科進藤医師は、秀樹の症状について、初診時から心身症的なものがあると考えており、秀樹の歩行の様子もtheatricalであり心身症の疑いを持っていたこと、そして、秀樹は元々心身症を起こしやすい性格であった可能性は残り、これに交通事故というアクシデントが心身症を引き起こす引き金になった可能性が高い、交通事故が少なくとも引き金または増悪因子として作用したことはおそらく間違いはないと考えていたことが認められる。
2 以上の事実に、同乗していた説子は打ち身のためほぼ一か月入院したが完治したこと及び秀樹の症状は次第に悪化していき、結局本件事故から四年経過した後に、秀樹は死亡するに至ったものであることを併せ考えると、秀樹の前記認定した後遺症には、秀樹の心身症的な要因等が作用しているものと解するのが相当である。
そうすると、損害額から秀樹の右要因を控除することが、損害の公平な分担という損害賠償法の理念に沿うものといえ、前記認定した諸事情等を総合して判断すると、全損害額から二割を控除することをもって相当と解する。
六 損害の填補 二〇六二万三三一〇円
弁論の全趣旨によると、原告らは本件事故に基づく損害賠償として、争いのない額を含め合計二〇六二万三三一〇円の支払いを受けたことが認められる。
七 秀樹らが被った損害額
1 秀樹関係
(一) 傷害に基づく損害(争いのない事実)
四九九万〇二二六円
(二) 後遺障害に基づく逸失利益
六五二一万〇一五三円
(三) 将来の治療費 三七三万五四九〇円
(四) 後遺症慰謝料 九三〇万円
(五) 物損 三〇万三二六四円
(六) 合計 八三五三万九一三三円
2 説子の固有慰謝料 二〇〇万円
3 秀樹の素因による減額
前記1(六)及び2の金額のそれぞれ二割を控除すると六六八三万一三〇六円(円未満切捨て)、一六〇万円となる。
4 填補
填補額合計二〇六二万三三一〇円を、前項のそれぞれの損害額に案分して割付けると、二〇一四万一一一四円(円未満四捨五入)、四八万二一九六円(同)となる。そうすると、残損害額は秀樹関係が四六六九万〇一九二円、説子関係が一一一万七八〇四円となる。 20,623,310×66,831,306/(66,831,306+,1600,000)=(約)20,141,114
20,623,310×1,600,000/(66,831,306+1,600,000)=(約)482,196
66,831,306-20,141,114=46,690,192
1,600,000-482,196=1,117,804
八 原告らの相続
説子は、秀樹の被った残損害賠償請求権の三分の二を、道裕及び由子は、同様各六分の一をそれぞれ相続により取得した。
すなわち、説子の相続分は三一一二万六七九四円(円未満切捨て)、道裕及び由子の相続分はそれぞれ七七八万一六九九円(円未満四捨五入)となる。
したがって、説子は、自己固有の慰謝料請求権を併せると合計三二二四万四五九八円となる。
九 弁護士費用
本件事案の内容等を考慮すると、本件事故と相当因果関係にある弁護士費用は、説子について二六〇万円、道裕及び由子についてそれぞれ七八万円と認めるのが相当である。
一〇 結論
原告らの請求は、説子について三四八四万四五九八円、道裕及び由子についてそれぞれ八五六万一六九九円と本件事故の日である平成七年六月四日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 松嶋敏明)